UTBUTAIも終了いたしました。
ご来場いただけた皆様におかれましては、
心洗われる時間ではなかったでしょうか。
多くは語りません。
感謝申し上げます。
アプリコ22時完全撤収。
あーしてくれ!
こーしたい!!と、
ギリギリまで仕込みと最終チェックとなる。
舞台チームの方々も
より良いものを目指し取り組んでくれている。
とても有難い。
フツーなら、
子供だから、幼稚園児だからと、
ここまで真剣に取り合ってくれない。
無理難題に応えてくれる舞台チーム。
日本中の幼稚園を探してみても、
ここまで豪華な行事はないであろう。
やれるもんならやってみろ!
勢いに乗って20年経つが、
20年前と今では、
園児数の違いもあるし、
年々、様々な費用も高騰し非常に苦しい現状。
いつまでできるか??
あと数年で会のやり方も見直さなくれはならない。
園児たちは楽しそうにリハに取り組み。
年長児たちなんて、
自らアンコールをかける始末。笑
彼ら曰く・・・
明日は会場総立ちにならないと
アンコールは歌わないそうだ。
本園の行事は、
理念や思想の具現化をするものとする。
ですから・・・
UTABUTAIをDesignしないとならない。
園長先生ならどうするか?
そんな判断基準もあるようだが・・・
オレは、
その程度で満足はしないぞ。
そもそも・・・
どうするかの基準が違ってんだ。
勝手な決めつけはよしてほしい。
子どものための行事であるからこそ、
理念や思想の具現化であることが求められる。
Designしてくれ。
パール幼稚園という職場は
少数精鋭で多様な業務をこなすため、
情報共有が滞ると業務の全体に大きな影響が出ます。
報告(ホウ)・連絡(レン)・相談(ソウ)。
そして・・・
確認(カクニン)を徹底することで、
組織内の情報共有が促進され、
効率的な業務遂行やトラブルの未然防止につながるのです。
報告(ホウ)・連絡(レン)・相談(ソウ)いいますが。
私は確認こそすべてであるとも考えます。
園長には確認の義務があり、
先生方には報告と確認の義務があるのです。
特に教員育成の観点では、
この確認こそが信頼関係を高め、
若手は・・・
まず報連相の基本は、
報告、連絡、困りごとの相談を習慣化させ、
経験が増えて自律性が高まったら、
打診と根回しに発展させていく。
確連報とは、
行動前・行動中に事前確認を行うプロセスで、
自主的な判断・行動を促し業務効率を高めます。
報連相とは、
組織内の情報共有と問題解決を促進する基本ツールです。
こまめな報連相が行われていれば、
それぞれの進捗が共有され、
必要な支援やフォローを即座に検討できます。
共有不足は業務停滞や重大トラブルを招きかねません。
伝達ミスは様々な停滞を招きます。
何をいつどのように伝えるかが曖昧なままでは、
伝達スキル不足以上にコミュニケーションのズレが解消されず、
組織の成長を阻む壁となるでしょう。
つまり・・・
報連相の共通言語化(伝達基準の明確化)が必要不可欠です。
管理者や経験者は、
報連相+確認が
当たり前になるよう環境づくりと指導が求められます。
まず、
目的とルールの共有です。
報連相の意義を浸透させ(なぜ必要か)、
具体的な手段やタイミングを明確化します。
たとえば業務依頼時には
「何を、いつまでに、どこまで(細かさ)」の情報を伝え、
メモで残すクセをつけさせます。
管理職や経験者は報告や相談を受ける際に
「お・ひ・た・し」
(怒らない・否定しない・助ける・指示する)の姿勢が
近年では求められるスキルです。
根性論で育った昭和世代。
ゆとりとサトリで育った世代。
Z世代といわれる平成前期。
今は令和であることを経験者は
認識すべきことから始めないとなりません。
感性は才能じゃない。
感性を磨くものなんだ。
心の底からそう思う。
UTABUTAI・・・
パール幼稚園が誇る唯一無二の育ちの装置デス。
先生方には・・・
パール幼稚園園長野村良司の
感性の精度を理解してもらわないとならない。
この分野において5パターンの先生がいる。
最初からお手上げ
考えずに正解を聞いてくる
合っている、できているという思い込み
顔色を伺いながら擦り合わせてくる
とことん情報を引き出し提案しカタチにしてくる
これは仕事への向き合い方にも比例してくる。
いわゆる・・・会話の量からはじまり質へと転していく。
大人ですから、
作品を観たり聴いたりする時間は持てるはず。
仕事ができる人ほど、
時間を作って作品鑑賞をしているイメージです。
感性は才能ではなく磨くもの。
「なんかいい」
「なんか好き」
「なんか好きじゃない」
「サッパリわからない」
と、素直な感情を受け入れればいいのです。
これは何を表現なのかと考えたり、
思い浮かべる事が感性を磨く第一歩。
キャプションがあればそれも読み、
作品背景を知るのも感性を磨く一助となります。
更に自分でも作品に関係することを調べたり、
様々な作品背景や時代背景を知った上で繋げると
更に作品の「解像度」があがります。
この解像度が、感性を磨くに繋がります。
では・・・
感性を磨いてどうするのか?
感性は様々な仕事、
生活に役立つ武器であり、
スキルです。
様々なスキルにブーストをかけるというか、
常時バフをかけるというか・・・
感性は様々な仕事やスキルを底上げする
パッシブスキルとも言えます。
作品鑑賞をし、
知識を得て、考え、
更に鑑賞することによってレベルアップします。
このパッシブスキル内容を心理学的に表現すると
直感補正
選択精度上昇
感覚チューニング
表現補正
思考補助
無駄撃ち軽減
優先度可視化
選択コスト削減
修正耐性
などなど…
細かく分けるとこのように様々とありますし、
スキルを応用させたり、
スキルの効きをあげるようにできます。
だから・・・
仕事ができる人ほど鑑賞を大切にするし、
だからこそ仕事ができるようになります。
そして反応の言語化
観るなら
色・配置・余白・全体なのか一部なのか
聴くなら
テンポ・間・音の重さ、軽さ
考えるなら
ここで反応した気がする
全部じゃなくて、この辺とか。
なるべく細かく分けて感じられたり考えることです。
これらの感覚は混ざり合っているものです。
マーブル模様のように、
一部分は明確に分かれ、一
部分はグラデーションになり、
複雑に蛇行していたり、
滑らかな曲線だったり、
これらが考えられるようになったら、
作者の選択の意図を感じ取れるようにします。
そうすると
作り手の判断=仕事の思考が見えてくるものです。
そうすると自分とのズレを測れるようになってきます。
自分ならどうするか
ここは真似したいとかしたくないとか
好き=正解ではない
上手い=使いたいではない
これらの自分の基準が明確になったり、
追加されたり、減ったり、変わってきたりします。
ここまできて、
初めて他分野に応用できるようになってきます。
仕事で無駄な案を出さなくなったり、
修正が早くなったり、
やらなくていい事が見えてきます。
鑑賞対象や自身の感覚の解像度を高めるのが、
感性を磨くという事です。
とにかく・・・
様々な良いと評価されているものに触れることが重要です。
私たちの感性は平面ではなく、
複雑な立体だと思っていくことです。
感性という立体に磨きをかけ、
透明度を上げていき、
自分だけの感性というものに出逢います。
感性というと・・・
センスや才能の話だと思われがちだけど、
判断の精度だと思うのですが・・・
いつもアフターで一緒だし・・・
微笑ましい光景です。
さて・・・
心配性ですか?
人の目を気にしすぎですか?
そのような方々は・・・
気にしすぎ!大丈夫だから!が信じられないようです。
でも・・・
その心配性は・・・
未来を守るための才能なのだろうとも思うのです。
心配性の人からすると、
その・・・大丈夫!がいちばん信用できないもの。
とはいえ私も自他ともに認める重度の心配性です。笑
未来のことを考え始めると、
最悪のパターンがいくつも頭に浮かびます。
まだ起きてもいない出来事に、
勝手に不安を抱いてしまうのです。
でも・・・
心配性な人は、
ひとつのことから無数の未来が浮かぶもの。
頭の中ではAパターン、Bパターン・・・
Cパターンと無限に広がっていきます。
まるでシミュレーションゲームのように、
さまざまな展開が同時に走り出すのです。
まだ何も起きていないのに、
もう疲れている。
そんな状態になることも少なくありません。
なぜ・・・
そこまで考えてしまうのか
私の感覚としては、
先天的な気質と、
真面目な性格??の掛け算だと思っています
真面目だからこそのこと。
その結果・・・
これから起きそうなことを
予測する癖が身についているのだと思います。
心配性の人は、
ネガティブなのではなく、
想像力が豊かで責任感が強いだけだと思います。
これから起きそうなことをちゃんと想像しているからです。
先のことを考え、
リスクを想定し、
最悪のパターンまで頭に浮かべる。
それは怠けているわけでも、
弱いわけでもありません。
これから起きそうなリスクを想像できるということは、
未然に防げる可能性があるということです。
事前に準備ができる。
対策が打てる。
覚悟が持てる。
かなり大きな強みではないでしょうか。
ただし、抱え込みすぎないことが絶対条件です。
誰かに相談したとしても、
考えすぎだよ!という一言で終わってしまう
未来が見えることもあります。笑
心配性は悪いものではありません。
でも、ひとりで戦う必要もありません。
心配できる人は、
きっと真面目で、
優しくて、責任感のある人です。
だからこそ・・・
その優しさを、
自分自身にも向けてあげてほしいと思います。
人にはそれぞれの性格のクセがあります。
心配性・・・
そのひとつに過ぎません。
その慎重さは、
きっとこれからの人生で、
何度も自分を守ってくれます。
UTABUTAIにおいては
美しい誤解の重要性が求められます。
UTABUTAIという行事が語るビジョンについても、
ビジョンは明確でなければならない。
誰が読んでも同じ意味に解釈できるよう、
言葉を尽くして定義すべきだ・・・と考えます。
定義され、隙間のないビジョンは、
ときに人の心を動かしません。
そのようなビジョンは確かに正確に伝わるかもしれませんが、
そこから何か豊なものが生まれることはないのです。
正確な言葉というのは貧しいのです。
なぜなら・・・
そのようなビジョンには、
受け手が自分自身の物語を重ねる余地がないからです。
UTABUTAI・・・
それは異なる解釈が共存する状態をつくっているのです。
その異なる解釈が、
ひとつの方向にゆるやかに束ねられるとき、
組織には強い求心力が生まれます。
行事においての私の役割とは、
正しいビジョンを配布することではなく、
ビジョンがそれぞれの心の中で育っていく
土壌を整えることだと考えています。
すべてを説明し尽くさないこと。
言い切りすぎないこと。
意味を閉じすぎないこと。
その「余白」こそが、
人に想像する自由を与えるものだとも考えています。
正解を提示するよりも、
正解を道き出すように指導します。
正しく理解される言葉よりも、
美しい誤解を生み出す言葉。
完全に共有された正確なビジョンよりも、
それぞれの内側で増殖していくビジョン。
正しさの管理者ではなく、
解釈が生まれ続ける場の編集者なのかも知れません。
ここで課題となることは、
私が豊かなイメージを喚起する言葉を扱えるか、
どうかということです・・・笑
論理の言葉は意味を一つに収束させますが、
イメージの言葉は意味を拡散させます。
意味が一つに定まらない状態こそが、
美しい誤解の温床になります。
詩や文学の言葉というものは、
原理的に曖昧です。
比喩があり、
象徴があり、
行間があります。
だからこそ、
その言葉に自分の経験や感情を重ね合わせることができます。
同じ作品を読んでも、
受け取り方が人によってまったく異なるのは、
そのためなのでしょう。
余白を残す言葉を選ぶこと・・・
言葉を尽くして正しいビジョンを共有するよりも、
受け手それぞれの文脈に応じて、
豊かに広がっていくビジョンのほうが、
結果として人の求心力を生みます。
ビジョンが理解されることで組織が動くのではありません。
ビジョンが想像されることで、
人は動くのです。
だから感性を磨くことが求められるのです。
あたなの仕事の女神様は存在しますか?
仕事の女神様です。
正しい努力をしていれば必ずいると思うのです。
あなたの仕事で人の心は動きますか?
仕事の女神様に微笑まれるためには
何をすればいいのでしょうか。
今の自分のままで微笑まれるのでしょうか。
最善の方法は・・・
今与えられている仕事を一生懸命に行うことで、
その仕事が天職
(コーリング:神様から呼ばれた仕事)
に変わるということにあります。
そして考え方というあり方。
マイナス思考を捨て、
プラスの言葉や思考を習慣化することで、
能力や熱意を引き出していくことです。
そして・・・
一所懸命の姿勢。
(ひとところです。)
誰といるか?どこで過ごすか?
という必要性を理解し、
目の前の仕事に全力を注ぐ人を、
女神様はひいきしたくなるのでしょう。
不平不満を言わず、
ありがとうを言葉にすることや、
他者の成功を素直に喜べる心の余裕を持つことが重要です。
そして基本に忠実であること。
基本とは身だしなみや挨拶、
厳守といった社会人としての
基本を重んじる姿勢が運を引き寄せます。
仕事の結果は「考え方 × 熱意 × 能力」で決まるものですが。
天職としての発想。
考え方の習慣から変えることです。
さて・・・
仕事の女神様の正体は?
光を当ててくれる人であることは間違いありません。
世間はバレンタインデーで
チョコレート屋さんは賑わっています。
そして・・・
パール幼稚園は71回目の卒園記念日デス。
休園日ですので園児もいなく
幼稚園は賑わってはいません。
創立記念。
ありがとうございます。
皆様に支えられながら
71年目迎えることができました。
創立100年に向けて始動しました。
私が園に携わり30年あまり経過しますが、
もの凄く幼稚園業界は変わりました。
同時にトップランナーとして君臨してきたつもりです。笑
そして100年に向かい30年。
トンデモなく変わるのでしょう。
あと30年・・・
私が30年・・・
采配を振っていることはないとも思いますが、
100周年・・・観てみたい。
(生きてるかなぁー??)
さて・・・
本日も内定者研修及ぶラッシュUP研修。
今回は「仕事の女神様に微笑まれるためには」
というタイトルで私から。
続いて主任の鈴◯◯菜先生から
「パール幼稚園の先生としてのあり方」。
最後に私の愚息から・・・
「目標の可視化」というタイトル。
4人の新卒新人を迎えますが、
「パール幼稚園にとってのいい先生」
になってほしいものです。
応援します。
さて・・・
先生方よりお花をいただきました。
ありがとうございました。
今日は七輪で焼き餅DAY
(パック餅だけど・・・)
会議中に写メが送られてきた。
こーゆーの嬉しい。
さすが主任、
ツボを押さえてる。
今日はフランクに話し言葉で。
よく努力した、
努力したっていう人が・・・
いるかもしれないけれど、
本当の努力とつもりの努ってがあるのよ。
本当の努力とつもりの努力って、
どんな違いがあるか分かりますぅ?
じつは・・・
本当の努力って、
成功して初めて努力って言えるんです。
成果が出ない。
結果に繋がらない。
成功していない努力は努力とは言えないのです。
ハリーポッター?
ご存じですね。
作者のJ・Kローリングさん。
これを本にしませんか?って、
いろんなところに出版を持ちかけたんだけど
断り続けられたそうです。
断られても、断られても、断られても、
これは素晴らしいと思って出版社を巡った。
諦めきれず、
原稿を書き続けなら出版社を巡った。
ある日、
小さな出版社が、
これは素晴らしいと出版し、
世界中の子供達が読むような、
そして映画にもなるような物語になりました。
よの中が見るのはね
結果なんですよ。
結果が伴わない努力は、
それは努力じゃないんですよ。
ですから
結果にこだわること、
それがとっても大切なんです。
成果が出るまで行動する。
それが本当の努力ということを理解しないと。
誤魔化さない。
その時に運が動きます。
自分の目の前の現象が・・・
どんどん変わっていきます。
逃げる、やめる、誤魔化す人は
目の前の現象に翻弄されてやめますけれど、
やめない、逃げない、誤魔化さない人たちのように、
目の前の現象がどんどん変わっていく体験ができます。
本当の努力をしましょう。
幼稚園の月曜日は朝からドタバタすることが多い。
まず・・・
発熱などで早退する園児が多い。
理由はカンタン!
土日で楽しい思いをしたからであろう。
そして大好きなママと過ごしていたので、
泣きながら登園する園児もいる。
「ボクはママと一緒にいたいんだ!』
立派な子供の主張であり、
母親と過ごすこと子供の権利なのである。
そして今朝はこんなことも!!
3Fの基壇の踊り場がビシャビシャです!
雨漏りのようです。
(夏に防水したばかりだぞ)
原因は動画の通り・・・
寒さで水が凍って水道管が破裂した模様・・・。
全盛期の浜松町駅のションベン小僧のごとく放水!!!
ホント・・・
建物のメンテには予期せぬ費用がかかる。
驚きだ。
素直・勤勉・プラス発想は
成功の3条件といわれています。
この3条件については、
必ず内定者研修で伝えていくことです。
知らないことを知ることが好きなこと
新しいことに挑戦することが好きなことが勤勉です。
素直・勤勉・プラス発想ですが、
私は、勤勉、素直、プラス発想という順番だと思うのです。
何しろ勉強は必要です。
勤勉とは、
アウトプットとインプットの習慣によって身につきます。
アウトプットとは発言や、
他者へのアドバイスなどの機会であり、
インプットとはメモ魔になり、
経験したことや気づいたことを
ルール化していき行動に移すことです。
成功者している人は強好きです。
メモを取り、
メモをとって終わりではなく整理することで、
生きた知識が身についていくのです。
成功者の基本条件を勤勉とすれば、
次の条件は「素直」です。
「素直」さの度合いが
成功への距離を決めると言っても過言ではありません。
素直とは、
否定したり疑念を抱くことなく、
前向きに「よい」と考えたり、
「これはできる」ということを見つけ出すことです。
情報を素直に受け入れると、
客観的かつ冷静な分析と発想ができるようになります。
そして・・・
素直に生きると、
成功者に共通する謙虚さが身についていきます。
自分で思い描けない以上は実現しないというのが心であり、
潜在意識というものです。
成功する人、
伸びる人になるためには、
・できるだけ実現可能な大きな夢をもつこと
・それが実現できる理由を一生懸命探し考え、できると思うこと
・腹を立てたり、怒ったり、くよくよしないこと
悲観的に準備し楽観的に実施するという考え方がプラス発想です。
誰でも伸びる条件を探し、
信じて頑張れば伸びます。
一方・・・
どんなにやさしいことでも、
できない条件を探して、
理屈ばかり言っていると、
どんどん悪くなっていくものです。
パール幼稚園は理念経営と人軸経営です。
人に軸を置き、人に左右されない園運営。
口で言うのは簡単ですが、
教員育成が鍵となるので簡単にはいきません。
常に主軸に置きながら考えています。
人を育むには、
その人の陰と陽を考えなくてはなりません。
陰と陽を見抜けるようになると、
言葉をかけるタイミングがみえてきます。
もしも・・・
私には何も言ってくれない・・・
そう思う方がいるのであれば、
それはタイミングではないからです。
なぜタイミングでないのか?
自問自答し答えが導き出せていないから。
さて・・・
園見学をし園児の姿に心が動かされ涙をする方も多くいます。
園児の姿を認めていただき嬉しく思うばかりです。
そして・・・
指導する教員の姿に涙する方もいます。
とても感性が研ぎ澄ませれていると思うのです。
理念の具現化は教員の姿ですから、
とても嬉しい限りです。
そして思考の具現化は言葉。
「言葉に神やどる」
太初に言あり。
言は神と偕にあり。
言は神なりき。
聖書にも記されていますが、
言葉は人間だけに与えられた神様からの贈り物です。
言葉を大切にしてほしいものです。
UTABUTAIも、
まもなくデス。
コレこそ最年少児からの日々の積み重ね。
今更、どうのこうのではない。
UTABUTAI・・・
幼稚園の行事すべてが園児たちのためにある。
保護者の方々の満足を促すための行事でないことを
ご理解いただきたい。
近年・・・
ここをご理解いただけていない様子をお見受けする。
さて・・・
幸福感を感じる努力は必要だと考える。
みんさんは、
日々幸福感を感じていますか。
幸福感というものは、
人によって当然違います。
また・・・
1日中幸福感を感じていたという日は少ないかもしれません。
幸せと感じるかどうか、
それは自分が決めているもの。
どんな状況であれ、
あまり幸福感を感じられない人もいます。
なぜでしょう??
やはりそこにも必ず理由があるものです。
幸福感を感じる要因は、
まさに人それぞれだし、
年齢や経験と共に変化していくものです。
幼稚園教諭にとっての幸福感というものは、
新人、5年、8年、10年、18年、20年、25年と
幸福感を感じる度合いは変わってくるものです。
新人、5年、8年と幸福感は下がり、
10年、18年、20年、25年も過ぎれば、
さらに幸福感は上昇していくものかと。
50代になってくると、
さすがに肉体面、体力面など衰えてくるし、
精神面でも衰える人が多いのかなと思っていたので、
幸福感もさらに下がり続けるように感じますが、
そうではないようです。
これは、私のアンテナが示すデータであり
すべての人が該当するわけではありませんが、
多分あってます。
幸福感というものは、まさにその人が感じている事であり、
精神的な部分からきています。
多くの人は、
いわゆる中年にさしかかるころから下降していきますが、
ある程度の年齢になってくると、
また上昇するという事です。
なぜであるか?
これは感情からくるものだからでしょう。
情動が心を動かすということです。
大人になり、
社会人になり、
働き始めて、
ある程度経験を積み、
いろいろなことが見え始めたころから、
将来に対する期待と現実の差を感じて、
失望感を感じる人が多いからです。
しかし・・・
それらを乗り越えていくことで、
結果として、
感情も落ち着き、
どういうことが幸せであるかなど、
冷静に考えられたりするようになるから、
また上昇していくということなのでしょう。
(だから途中で去るものは、どこに行っても去ることになる)
では、
ここから何を学ぶべきかという事です。
簡単に言えば、
感情のコントロールを上手にしていくことが重要です。
感情のコントロールを上手にする努力をしていくべきでしょう。
そ
のためにやれることはたくさんあります。
何もしなければ、
普通に過ごしていたら、
下降していく確率が高いので、
幸福感を感じる努力をしていきましょう!
ということです。
ここで思い出した方程式があります。
教育力=熱意×経験年数
比例していけばいいですが、
大半の方は反比例していく方程式。
これもある意味、心を鍛えていくことでもありますね。
季節の節目。
P-kitchenの方々が張り切ってくれました。
ちなみに大人までも・・・笑
先生用の鬼キャラ盛り、
大人の分量はもの足りないのだが、
鬼キャラの上に・・・
さらに上にご飯を盛り付けるというシーンにでくわした。
おかわりすればいいだけの話なのに。
うーーーー
美しさ・・・
常に大切にしてほしいものだ。
生活の節目にある行事。
成長の節目にある行事。
保護者の方々に公開はしていないが、
先生たちが試行錯誤を繰り返しながら、
園児たちを喜ばせる。
人は・・・
誰かを喜ばせたときに心が満たされる。
「ありがとう」
「助かった」
「嬉しかった」
そう言われたときには、
誰でも胸の奥があたたかくなるもの。
評価されたわけでもないのに、
なぜか心が満たされる。
きっと・・・
人間の構造そのものが
他者の喜びに反応するようにできているからだろう。
自分のためだけの人生なんて・・・
案外つまらない。
自分のためだけに生きようとすると、
人生は驚くほど味気なくなる。
料理を一人で食べるより、
誰かと、おいしいね!と言い合う方が楽しい。
一人で笑うより、
誰かと笑い合う方が、記憶に残る。
人生の豊かさというものは、
他者との共有の中にしか存在しないのかもしれない。
人を喜ばせるという才能・・・
本人にとっては当たり前すぎて、
価値だとすら思っていないこと。
そこにこそ・・・
人生の役割は隠れているもの。
誰かが少し笑ってくれたなら、
誰かの今日が少し軽くなったなら、
それでいい。
そして不思議なことに、
人を喜ばせた分だけ、
自分も生きやすくなっていく気がする。
誰かの世界に、
ほんの少しの余白や安心、笑顔を置いていく。
3学期はまとめの学期でもありますが、
同時に来年度を視野に入れて進めていく時期でもあります。
人事異動、人事配置の資料にもなる
評価項目と自己評価を実施しています。
まず・・・
正しい目標設定ができないから
目標になっていない者もいます。
自分の伸びしろに制限をかけてしまうので、
コレ問題。
また、「やってみたいこと」を挙げさせてみれば、
どのように考えても環境や現実的に無理なこと、
例えば・・・焼き芋。
人工芝ですし、
このご時勢です。
蒲田の住宅街の真ん中ですよ。
給食室の匂いで苦情がくるほどです。
まして・・・
焚き火など・・・
できるわけないじゃないですか?
きなくささがご近所に広がりアウトです。
苦情の嵐で事務がメンタルやられてしまいます。
例えば・・・縁日。
楽しいでしょうね〜!
でも、縁日やって教育にプラスになりますか?
MaMa Gartenで、
ママたちにお料理教室をしたい!!
これも楽しいでしょうね?
2組か3組で限界ですよね?
道具揃えて時間使って費用対効果はありますか?
常々・・・
できない理由を探すな!と言ってはいますが、
現実的に不可能なことを挙げてくる。
だったら・・・
できる理由も考えてから伝えてくるべきかと思うのです。
仕事とは、
やらなければならないことができて。
できるようになったことになる。
できるようになったことが増えて、
やってみたいことと繋がるのではないかと考えている。
ただ・・・
やってみたいことを考えなしに挙げてくる。
どうも私には理解できない。
さて・・・
職場で嫌われる人の特徴が統計的にあるようです。
①マウントを取る人。
②説教してくる人。
③否定してくる人。
④話を聞いたフリして、いい人ぶっている人。
⑤結局・・・自分だけの人。
④から⑤の人は、
あまり気づかれないのですが、
私はすぐにキャッチできますから、
④⑤の人には近づかないようにします。
これまで25年幼稚園団体の仕事なども
ひき受けていますが・・・
①〜③出会ったことがないのです。
忘れているだけかもしれませんが・・・
きっと・・・
私が仕事ができる人だったからではないでしょうか?笑
仕事ができた理由は、
普通の人とは視点が違うからだと思います。
例えば企画を任されて、
期待はずれの企画では任せてくれた方に申し訳ない。
その企画自体に申し訳ない。
その先にいらっしゃる方々にも申し訳ない。
自分に申し訳ないという思いをしたくないから、
うまくいく方法を模索したり、勉強ていくのです。
私の目標の中には必ず誰かが存在しています。
私がパール幼稚園で一番嫌な人は誰ですか?
と尋ねられたら、
次のように答えます。
スバリ!仕事ができない人です。
管理なら方向を間違う人。
教員なら行動しない人。
理解しようと勉強しない人。
勘違いした行動ばかりする人。
時代の変化に鈍感な人。
職場で仕事ができない人がいるということは、
実は・・・
あってはならないことです。
仕事は全員できて、
当たり前なんです。
じゃあ!仕事ができる人が、
どのような人かというと。
いただいたお給料以上の働きや
いただいているお給料以上の利益、
有益をもたらしている人といことです。
いただいた以上の・・・
ここも誰かがいる目標にならないと難しいでしょう。