パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】パパ・・・
ママのこれに気づけるパパはナイスなパパだ。
ママの「疲れた」の本当の意味は・・・
「ねぎらってほしい」ということ。
直接、口にできないとしても呟く。
そこで「オレも疲れた」と返すたびに、
ママの中で何かが静かに閉じていく。
家事は終わらない。
忙しさのループが続いていく。
パパにはそれが見えていない。
「今日はどうしてたんだ?」と聞かれるたびに言葉を失う。
何をしていたんだじゃない。
ずっと動いていた。
ママが黙っているのはゴキゲンナナメだからではない。
疲れ果てているだけだ。
「大丈夫か」の一言だけでいい。
気にかけてくれた。
それだけで孤独が和らぐもの。
「言ってくれればいいのに」
パパは言う。
言わなくても気づいてほしい。
ママが気づいてくれる目だということ。
「ありがとう」の一言が、
この家にはない。
ご飯をつくつっても、
洗濯をしていても、
子どもの世話をしていても、
当たり前になっている。
でも・・・
当たり前じゃない。
その見えない仕事に一日一回でも
「ありがとう」が言える家は、
静かに幸せに向かっていく。
一番孤独なのは一人の時じゃない。
隣にいるのにわかってもらえないときだ。
その距離は縮まる。
ママが怒るときは、
奥には悲しみがある。
なんでいつも私ばかり・・・
この本当の意味は見ていてほしかった・・・。
その気持ちに気づけるパパ。
ママは強がる。
大丈夫?と言い続ける。
でも・・・
いっぱい、いっぱいの日もある。
2度目の「大丈夫?」の大きさ。
完璧なママでなくてもいい。
気づこうとするパパがいい。
見ようとする。
知ろうとする。
その姿勢だけでママの孤独は半分になる。
愛は結果じゃなく向かおうとする意思の中にあるのでは?
母の日も過ぎましたが、
今一度、家族としてのパパの役割、
見つめていく機会を増やすことかと。





