パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】自己中心的な発達段階
やりたいことをやるという・・・
自己中心的な段階の育ちの真っ只中、
プラザ事業を活用した園児たち。
一緒に遊んでいるように見えても、
ご自分様ワールド全開のひとり遊び。
いいぞー!
どんどんやれ!
遊びを科学しろ!
本能のままにやりたいようにやりなさい。
そのようにしているうちに、
できることを無理ない範囲で、
やりたいように、
やれるだけ、
やれる方法が身についてくるし、
自由自在に考えることができるようになる。
やりたいことをやるという・・・
自己中心的な段階の育ちの真っ只中、
プラザ事業を活用した園児たち。
一緒に遊んでいるように見えても、
ご自分様ワールド全開のひとり遊び。
いいぞー!
どんどんやれ!
遊びを科学しろ!
本能のままにやりたいようにやりなさい。
そのようにしているうちに、
できることを無理ない範囲で、
やりたいように、
やれるだけ、
やれる方法が身についてくるし、
自由自在に考えることができるようになる。
かわいい我が子のために、
できることはすべてしてあげたい!
そのように考えることは親として当然です。
しかし・・・
生活面で干渉しすぎてしまうと、
子どもの将来に悪影響を及ぼしてしまう恐れもあります。
過干渉の親とは、
簡単に言えば
子どもをコントロールしようとする親の行動のことです。
また、過干渉は
今のご時世は教育虐待の括りになる恐れもあります。
一見、教育熱心な親とも言えるかもしれません。
子どもの失敗を先回りして阻止するケースも多いもの。
言い換えれば親の過干渉ということになるのですが、
子どもが何か新しいことを始めようとすると、
すかさず情報を集め、
親の意見と考えを提示し、
やる気を削いだり、
実際に手を伸ばして転ぶ前に抱き上げたりするのは、
過干渉にほかなりません。
失敗を経験しないまま大人になると、
我が子はどうなってしまうと思いますか?
しかし・・・
このような親は子どもを苦しめたり
困らせたりしようとしているわけではありません。
根底にあることは、
我が子によりよい人生を歩ませたい、
将来、苦労させたくないという親の強い愛情なのです。
自主的に勉強できる子どもに育つかどうかは、
9つまでに親がどう関わったか、
それによってどのような脳がつくられたかで決まると
脳科学的には見解しています。
何より大事なのは、
遊びのなかで学習する習慣をつけることだと考えます。
楽しいと感じれば、
心は活性化し、
グングン新しいことを学べるのです。
逆に面白がれなかったら、
何を見ても聞いても知識は深く根付きません。
幼稚園にさえ入れれば、
何かができるようになる。
たくさんの習い事をさせているから大丈夫と、
根拠のない安心感を得るのは危険だということです。
子ども自身が何を学びたいか、
何に興味があるのかを見極めて、
環境を整えてあげることです。
親であるならば、
こんな人間に育ってほしい・・・。
子どものときに自分が苦手だったことを
得意になってほしい・・・
などなど願うことでしょう。
これらを前提として、
親としての究極の願いは、
我が子に幸せになってほしいということ。
はたして・・・
みなさんが考える、
理想の子ども像は、
目の前の我が子とは
まったく別の人間になっていないでしょうか。
自分が思う理想の子ども像に
我が子を当てはめようとして、
子どもが自分らしく
自分の強みを生かすことを
邪魔していないでしょうか。
何よりも大事なのは、
我が子にとって必要な親であること。
親自身が自分の人生を楽しむべきだということです。
子どもは人生は楽しいんだ!ということを
親の生き方を通じて知るものです。
令和9年度入園説明会2回目、
第1回目に引き続き、
区内少子化が進かな、
多くの方々にご参加いただきました。
感謝申しあげます。
ご縁を育み、
よきご縁となることを願っております。
円周率、歴史の年号を覚えていて
何の役に立つのだろうか?
本当の教育とは、
生きていく上で、
本当に必要なことを教えていくことだ。
では・・・
それは一体なんであろうか。
正く観ること。
自由自在にみること。
これが子どもが生きていく否か
これから必要なことだと考える。
将来・・・
大きな差を生むということになるであろう。
正さと自由自在とは、
少し相反することのような気もするが、
そんなことはないはず。
ものすごく難しいことをやろうとして時に、
できない。
正く観るということかもしれないが、
例えば・・・
100mを3行で走ることは無理だ。
できない。
でも、バイクならできる。
これが自由自在。
できないけど・・・
じゃぁ!どうする??
バイクなら・・・
このようなことを考えないと、
走ることはできないで終わってしまう。
それで終わってしまう子どもたちと、
でも・・・
バイクを使えばできるカモ!と考える子どもたち、
大きな差が生まれてしまう。
自由な見方ができる教育であるべき。
教育は研究であり、
遊びは科学だ。
正く観るには、
ホンモノに触れることが大切だ
Vシネマの寂れた街のワンシーンみたい。笑
とある先生が撮ってくれました。
さて・・・
昨日はFESTAでは大きな声援をいただき
ありがとうございました。
行事は終わった直後が大切だと考えています。
また、
行事は育ちの装置であることは、
常々、お伝えしていることですが、
行事までの過程を充実した日々にするためには、
行事の終わった直後の時間が、
さらに育ちを加速させていくのです。
何ができるようになったのか?
何を捕まえさせたのか?
日々の生活で認識させることが大事なのです。
もちろん担任自身が自分基準でなく、
それを把握できなければなりません。
高い理想を掲げ、
高い基準を持つこと。
人は誰でも無意識のうちに
何かしらの基準を持っています。
それは・・・
過去の経験であったり、
現状での知識であったりします。
その人の行動は、
ある意味、
その人の基準のあらわれでもあります。
似たようなもので価値観がありますが、
基準はまた少し違うと考えます。
基準が高い人ほど、
多くのことに気づけるし、
それに見合う行動もします。
ですから・・・
仕事で言えば、
やはり成果もそれに比例してきます。
例えばですが、
基準の高い人と低い人では頑張りが全く違います。
基準が高いほど、
より成果が出ることは確かなこと。
基準に見合う成果が出るということです。
とはいえ・・・
どのような成果を出せれば、
自分は満足するでしょうか。
そのひとつが、
目標達成などでしょう。
自分で掲げた目標、
私から与えられた目標など、
それを達成できれば、
とりあえず満足する人は多いと思います。
自分自身が満足する成果を上げていくためには、
仕事に対する基準が明確でなければいけません。
基準すらなければ、
ただ何となく日々取り組んでいるだけになってしまいますし、
気づけることも少ないでしょう。
ちなみに・・
基準の高い低いで頑張りが違うと書きましたが、
基準が低い人は諦めも早いです。
基準が高い人ほど、
行動します。
行動力・・・
行動量&スピードが違います。
基準を上げれば上げるほど、
気づけることは増えるし、
見えることも増えてきます。
何か望むものがあるのなら、
何か得たいものがあるのなら、
まずは・・・
基準を高めることから意識してみること。
こういうことも意図しないと、
中々考えませんから。
基準が高い人の行動レベルや視点は全く違うのですよ。
人生・・・
親子の時間は18歳で終わるという。
一緒に眠れるのは7歳くらいまで、
手をつなで歩けるのも8歳くらいまでだという。
我が子と過ごせる夏休みは、
せいぜい12回。
2年生くらいからは抱っこの回数も減る。
ママの言葉が届くのは12歳くらい。
子育ての平均日数は8760日。
人生時間の5%しか子育て時間はない。
んっ??
こう考えてみると、
なんと!私は恵まれているのだろう。
今でも息子と時間を共有できている。
しかも・・・
野村良司の人生そのものである
パール幼稚園のパートナーとして。
その時間は腹も立つこともあるが
(互いに?笑)
とても楽しい時間だ。
『無事これ名馬なり』という
競馬の慣用句があるようだ。
競馬では、
なんの故障もなく、
長い間、
第一線で活躍できる馬こそが名馬というそう。
華々しい手柄などなくても、
大きな災禍なく、
長い間、
活躍するのが一番であるという意味。
パール幼稚園に携わる先生方にも望むこと。
秋晴れ!
なんだか心が弾みます。
FESTAにむかって、
みんなの力が大きな力となる時期です。
憧れが背中を押すとでも言いましょうか。
園内は、
いい時間が流れていきます。
憧れのメイ.ポール
育ちの装置のコアとなる演目。
今年は雨天も続き、
永いシルバーウィーク、
満足に取り組めていない。
今年の年長児たちは、
みんなで取り組むことには・・・
グゥグゥ〜となるのに。
もったいないようにも思えるが、
まぁ・・・
これも時の運。
万全ではないといえども、
本番が楽しみだ。
しかし、
このメイ,ポールという演目は、
多分・・・
日本で本園だけが取り組んでいる。
しかも・・・
この器具が売ってない。笑
本園も土台は先代が残した骨董品級で、
支柱は卒園児のおじぃちゃまのステンレス工場に、
無理言ってつくってもらっている。
その支柱も、
もう折れそうで、
今年で終わりのような気がする。笑
指導が大変すぎて、
どこの幼稚園でも手を引いてしまった演目だが、
今や器具の手配ができないから、
壊れたら、
どぉーしようもなくなる。