2025/06/30

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】教育的視点があると・・・



かくれんぼ・・・


発達段階の表れでもありますが、


心のニーズを満たしているということ。


見つけてもらえることがうれしいから・・・


大人と子どものかくれんぼは、


隠れるだけでなく


見つけてもらうところまでが繋がる。


隠れているというドキドキと、


見つかった瞬間の笑顔は、


ちゃんと気づいてくれたという気持ちにつながります。


心理学でいう愛着理論の観点から見ると、


安全基地に守られているという感覚が育っているのです。


安心できる関係があるからこそ、


隠れる・・・


また会えるという遊びが成り立つもの。


見つかるかも・・・という


ドキドキがちょうどいい刺激になるもの。


かくれんぼには見つかるかもという・・・


不安と期待が入り混じったスリルがあります。


子どもにとってはちょうどいい冒険なのです。


冒険ですから楽しかったという記憶を強化していくので、


子どもは、何度も何度も・・・


もう1回となるのです。


相手とのやりとりが楽しくなることで、


社会性の力が育まれるもの。


かくれんぼは、ひとりではできない遊びです。


誰かが隠れて、誰かが探す。


ルールとやりとりのある遊びのなかで、


子どもたちは自然と順番を待つとか、


相手を思いやる、


駆け引きを楽しむなどの社会性の基礎を育てています。


子どもの隠れているフリやわざと見つからないフリなど


 演技していくことも、


相手との関係を


楽しむためのコミュニケーションの発達段階ということです。


このように遊びの中から育む教育的視点。


子どもの行動を科学してみると面白いものです。


2025/06/27

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】器を広げる



自分の能力や才能?が活かせていないと感じたとき、


それは自分の器の大きさが足りていない・・・


ということだと考えることにしています。


しかし・・・


器の大きさはだけは、


すぐにどうにかなるものでもない。


器を大きくみせようと思っても、


ボロがでるからやめておけということだ。


よく、


自分よりも年下の人に偉そうな態度をする方がいる。


自分の立場を振り翳し相手を威圧する方もいる。


飲食店などでも店員の方のミスに詰めよったり、


お客だからと上からものをいう方を見かけるが、


どうなのでしょう??


私が思うに・・・


人の器の大きさは、


人を許せる力に比例していると思うのです。


人を許せるようになると、


器が大きくなり、


自分の才能は開花する。


器が育てば、


才能もチャンスも、


自然とついてくるものだと考える。


年齢相応、立場相応の器は身についていたいもの。


昨日は東京都私立幼稚園連合会の養成校との交流会。


立場上、懇談ではなくご挨拶に回り時間が過ぎる。


終了後・・・


新宿へ移動し参議院議員選挙に向けての決起大会。


各種団体の関係者を集めた大会。


しかし・・・


有名な国会議員ともなると求心力もあり、


大勢が参加する。










2025/06/26

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】自分に対しての当事者であれ

 


園長先生だったら・・・


こんなアングルで写真を撮るはず。


ドンピシャな写真です。


よく研究してくれています。


だて・・・


明らかに時代は変わってきています。


地域に求められる幼稚園像も幼稚園の役割も。


ということは、


そこで働く者の求められる役割も変わってくることは当然なこと。


経験者には経験者の役割があり、


求められることも変わってくる。


組織においては当然のこと。


一体・・・


学園内に、どれだけの先生方が、


私の考えや意図を汲んで、


物事を考え、行動し、実践してくれているのであろう。


そう思うことが多くなった。


そもそも考えや意図を汲むということには、


会話・・・


コミュニケーションが必要となる。


振り返ると・・・


幼稚園内でも1週間で何か会話した?


と考えてしまう先生が数人いる。


そんな先生に仕事を任せても、


打診や確認がないので、


意図しないものが出来上がる。


求められている成果を出せないということだ。


きっと・・・


その先生なりに一生懸命に取り組んでくれているとは思うが、


この先生は、


この職場にいても


幸せにはならないのではないかと思うことがある。


私は園長として


この学園で働くのであれば、


幸せになってほしいと願っている。


幸せになる道筋や


自分が活かされるようになる手順は教えているので、


やるか、やらないかは自分の選択となる。


職場とは自分が活かされ輝くことが条件だと考えるのだが、


自分が何を求められているかを知らないで


活かされることも輝くことできないとも考える。


だが・・・


自分の思うようにならないことがあったりすると、


不機嫌さを職場に撒き散らす。笑

(自分じゃわからないからタチが悪い。)


私は仕事は性格で行うものだと認識しているので、


この人・・・仕方がないなとは思えるし、


見捨てるつもりはまったくないし、


それもアリ。


もしも・・・


自分が自分を指導する立場であったとしたならば、


自分を・・・どのように活かすか?


自分の力量を熟知しているのは自分だけ。


自分を職場で、


どのように活かすのか?


そのように考えれば自分に対して、


当事者意識が持てるはずだが・・・


自分に対して当事者意識がない者は、


自分の欲求に振り回され盲目になる。


人は、知ると、気づくと強気になれます。


エネルギーがみなぎります。


すると・・・


行動力が増し、


さらに、知ること、気づくことができます。


またまた、


それを知ることから明るくなり


そしてエネルギーがみなぎり、


さらに行動力が増し、


どんどん大きくなり、


さらに加速するようになります。


勿体無い人との関わり方、


勿体無い自分の活かし方、


勿体無いに気づくことです。


ルーティンで子どもと関わっていれば、


それで済んでいく仕事にもなるのが、


この仕事。


この園をよりよくするためには?


自分をどのように活かすか?


当事者意識がある先生の多い幼稚園は、


強い!ということは事実である。


2025/06/25

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】継続できない人は・・・



三日坊主・・・


続かないということです。


結局のところ、


本当はしたくないということかと。


私の本音は・・・じゃあしなくていい。


というところに行き着くのです。


継続できない人、


取り組まない人は、


そこまでだということです。


大事な仕事を任すことはできません。




信頼は生まれない。


でも・・・


ひとつアドバイスをするならば、


自分は何のために、


コレをしているのかということを再確認した方がいい。


コレをすることにより自分の未来が、


どのように開けていくのかを考えた方がいい。


うまくいく人は決めることが早くて諦めることが遅い。


うまくいかない人は決めるのが遅く諦めることが早い。


人にはたくさんの公式があります。


公式を変えなければ、


結果は変わりません。


うまくいくには・・・


自分の中の公式を変えることでもあるのです。


たとえば、


いつも足してばかりいたことを、


掛けてみるとか割ってみるとか・・・


それだけで、


答えは変わってきます。


目標を達成していく人は、


この公式を上手く活用しています。


誰かが成功した公式を、


そのまま使っているのです。


自分の公式を押し通すのではなく、


すでに成功している人の公式を


まずは、そのまま真似て使います。


だから、同じような結果が出るのです。


これは理屈で考えれば、


誰もがわかる話ですが、


実際の仕事などになると、


誰もがなぜか自分の公式ばかり


主張したがります。


もしくは何も考えない。


それで上手く言っているのであればいいですが、


そうでないのなら、


今よりももっと良くなりたいのなら、


上を目指すのであれば、


素直に・・・


すでに結果が出ている公式を取り入ることです。


勝手なアレンジはしないことです。


そのままの公式を使い行動する。


必死に頑張っているのだけれど、


結果が出ない人、


何回も同じ失敗を繰り返す人、


それは公式が間違っているのです。


毎日、毎日、無数の出来事と向き合っています。


大小合わせてもいろいろな事が日々起こっています。


それらの様々な課題の解決や改善をしていくのが仕事でもあり、

のうえで目指す結果を求められているのです。


無駄な時間、


無駄な能力を使っている暇はないのです。


繰り返しいつまでも、


自分の結果の出ない公式を


使用している場合ではないということです。


これまでは結果が出ていたはずがということも同じ。


結果が出るように


積極的に自分の公式を変えていく人が勝つ。


望む結果が出る方が楽しいし、


嬉しいはずです。


さて・・・


人は見かけによらないと言いますが、


誰にでも外見からではわからないことが多くあります。


周りにいる人の印象、


実は自分が勝手に決めているだけだったりします。


少しでもその人の事を理解しようと思えば、


やはり何回も話すとか、


一歩踏み込んだ質問をして見るとか、


コミュニケーションの質をあげていくことです。


思い込み、イメージ、


人は誰でもその通りの行動や対応をとるものです。


とするならば・・・


自分自身は、


人に対しても、


物事に対しても、


良い思い込みや良いイメージを増やしていくほうが、


行動も良い方向に進むのではと感じます。





2025/06/24

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】すべてに教育的観点を・・・


久しぶりのコーナー活動。


各クラスに様々な題材を準備しておき、


どこのクラスに行ってもいい、


やりたい遊びをやりたいようにやる日。


何を選択したのかは、


我が子との会話を楽しみにしてください。


さて・・・


この活動について、


イベントでは困ります。


なぜなら・・・


パール幼稚園は教育施設ですから


この遊びがもたらす教育性は何であるか?


それぞれの教員が


教育的観点をもって語れることが望ましい。


この観点がないとイベント屋と化してしまう。


すべてにおいて教育的観点を備えないと、


クラス運営は窮屈になる。


なぜならば教育は研究であるし、


遊びは実験であるから。


窮屈とはデキタ!デキナイ!に縛られるから、


研究し実験を試みていかないと、


教育者としての視点も育たない。


ねらいが必要。





2025/06/23

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】許す・・・

 

世界での戦争のニュースが飛び交っている。


ニュースの内容は、


まるでシュミレーションゲームのように


最新兵器の名前が飛び出してくる。


軍事力を背景に・・・


ゲームのように・・・


最新兵器の下に、


何も知らない


人の命を落とすことも


気に留めていないかのように感じてしまう。


親鸞の「有縁を渡す」という言葉がある。


生きる意味がわからなくなった時こそ、


身近な縁のある人を助けよう・・・


ということである。


誰かに笑顔を向ける。


職場に一輪の花をさす。


誰かの幸せに繋がることになるもの。


人を許すこと・・・


「あの人のせいで、私は・・・」

 

生きていたら、


人に怒りを感じることもあります。


時に裏切られることもあります。

 

相手からの一言に、


心にとげが刺さったかのような感覚を


感じることもある。

 

そして、


毎日、顔を合わせたり、


逆に、遠くに離れたとしても、


胸の痛みや傷、


怒りが癒されずに、


どうしても許せないという気持ちが大きくなる・・・。

 

自分の言い分はもっともだと、 


きっと・・・


相手より自分のほうが正しい。


許せない時、


ある意味、


心の中で闘いの気持ちが起きています。


心が先、現実が後・・・という思考で、


許せずに闘いのサイクルを回し続けていると、


自分が経験する現実もよろしくない状態になる。


そして、


怒りや悩みに敏感になり、


嫌な出来事が起こりやすくなるのです。

 

ここで・・・

 

相手の為に許すのではなく、 


自分のためにこそ、


相手を許すこと。


いつまでも相手のことに囚われ、


心をすり減らすのではなく、


自分の人生を楽しんだり、


実現させたい目標に向かって


邁進したりした方が、


よっぽどもいい。

 

自分自身も完璧な人間ではありません。


未熟なところもある人間。


同じように、


許せない相手も同じの未熟な人間です。

 

人の未熟さを責めても意味はないのです。 


相手を許すことで、


心の中を平和の状態にしたら、


自分の身の回りも平和や調和、


やさしさとか安心を経験しやすくなると思うのです。

 

相手のためではなく、


自分自身のためにこそ相手を許す。

 

人を許すことで、


自分自身が幸せになれます。


許しには大きな力が宿っているものかと。


2025/06/20

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】我が子を受け入れること

 



パール幼稚園の自園調理の給食の器は陶磁器です。


もちろん落とせば割れます。


本園の考える食育とは・・・


正しく食べること。


無理なく食べること。


お箸を上手に使うこと、


器は大切に扱うこと、


食事は周囲の人と静かに会話を楽しみながらとるもの。


ご家庭での様子も垣間見ることができるものです。


さて・・・


参観WEEKには、


暑い中、ご来園いただきましてありがとうございました。


おじいちゃま、おばあちゃままでお越しいただけていた様子です。


1学期の参観は集団の中での様子、


園児たちの現状のありのままをご覧いただく機会です。


とはいえ・・・


パパやママにカッコいいところを見せたい。


観られるのが恥ずかしい。


認めてほしいが故の・・・


などというシーンもあったことでしょう。


参観帰りには、


「園長先生、素晴らしいものをみせていただけました。」と、


良識ある方のご挨拶をいただくことも多く、


色々と思うこともあるでしょうが、


とても有難いことだと思っています。


さて、子どものありのままを見てあげる。


子どものありのままを認めてあげる。


よく育児に関するさまざまな書籍で言われてることですが、


それができたら苦労しないの!


と思うママも多いともお見受けします。


では・・・


なんでママはモヤモヤしたの?


どうしてママはそう思ったの?


目の前の出来事ではなく、


ママ側の気持ちや


奥底に隠された本音を見ることを繰り返していただきたい。


なんで感情が揺れたのか?


もしかしたら?


ママが無意識に自分をよくみせることを


デフォルトしているかもしれません。


ママ自身に少しでも価値あるママ、


出来るママに仕立てなきゃ・・・


ママが無意識に持っていた価値観。


故に・・・


我が子の行動を


ありのまま受け入れることができなかった。


なんてこともあるはずです。


目の前の物事は自分自身の価値観を映す鏡だということ。


子供の言動は特に、


ママ自身が持っている価値観や固定観念、


常識に気づかせてくれるものです。


この自分自身の価値観や固定観念にこそ原因があると気づければ、


我が子を見る視点が変わって、


自然とありのままを


受け入れることができるようになるとも思います。


入園説明会でもお伝えしていることですが、


幼児教育の根底は家庭にあるものなのです。


集団での我が子の様子・・・


我が子が可愛い故に盲目にもありますからね。