2020/08/03

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】心の声・・・



8月・・・

夏の空になりました。

コードレーンの園服が眩しい季節です。

さて・・・

子どもたちも、

お母様も・・・

新しい生活になれるために頑張り続けて、

少し疲れがでる頃ではないかと思います。

体の疲れは休むことで癒されますが、

心の疲れって?

どうやったら癒すことができるでしょうか?

多分ですが・・・笑

話を聞いてもらい、

共感してもらう・・・

このことで解決しるのではないかと思っています。

本来・・・

子どもは、良くなりたいし、成長したいのです。

もちろん・・・

すべてが順調にいくことはありません。

お友達と衝突したり、

出来ると思っていた事ができなかったり、

子どもなりに頑張っていますが

上手くいかないことも多々あります。

そして・・・

そのような自分に傷ついている場合もあります。

しかし・・・

そんな傷ついた子どもに対して、

今???優しくしたら、甘やかすことになって、
 
子どものためにならないのではないかという

間違った認識を持つ事があるものです。

もっと頑張れ・・・とか、

気合がたりない・・・なんて、

子どもの気持ちをそのまま受け止めず、

自分の気持ちを押し付ける人もいます。

でも・・・

傷ついたり、

行き詰っている時こそ、

その気持ちを・・・

理解してあげて欲しいものです。

自分を受け入れて共感してもらい、

上手くいかなくたって大丈夫なんだ。

受け止めてくれる人がいるんだ・・・

という

安心感をもらうのです。

子どもは安心感を得ると、

意欲が生まれ、進んでいけるのです。

人は誰でも受け入れてもらいたい、

認めてもらいたいという欲求をもっています。

本来であれば、

子ども時にその気持ちを十分満たすことが大切ですが、

その気持ちを

得られないままでいると

いつかどこかで、

認められ受け入れてもらうまで、

迷い子のようになってしまいます。

もちろん・・・

さまよい続けている人は

自分だって共感してもらえなかったのに、

人の気持ちに共感できるわけがないのです。

受け止めてもらった数が多ければ多い子ほど、

人に優しく、

心は強く、

人の気持ちをわかることのできる

心の温かい大人に育つのです。

ですから・・・

母親として、

子どものどんな気持ちにも

寄り添い耳を傾けていくことが大切なのです。

あっ・・・

鵜呑みにすることではないですよ。

2020/07/31

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】どうでもいい話シリーズ



どうでもいい話シリーズ・・・

しかも長文。

そして今日の写真は文書には全く無関係。

もしもしカメよぉーカメさんよっ・・・の

カメではないカメを助けた浦島太郎。

浦島太郎といえば玉手箱・・・

玉手箱のひみつを超訳してみました。笑

浦島太郎は、亀を助けました。
大切な仲間を助けてくれた浦島に対して乙姫さまは、
恩に報いるために浦島太郎をもてなします。
浦島太郎は、今までにない経験をさせてもらった、
乙姫を始めとする竜宮城に対して、
恩を返す必要がありました。
しかし、竜宮城の生活に慣れてしまうと・・・
礼だけ言って、元の生活に戻ると言いだします。
元の生活に戻っても竜宮城のような暮らしが自分にはできる。
と恩を忘れて、村に帰ります。
しかし、そこには、自分の居場所も知り合いもなくなり、
何にもないことをようやく気づきます。
開けてはいけない、
玉手箱。
そこには、エゴが詰まっています。
竜宮城の乙姫さまたちが、
エゴではなく善意の気持ちや優しい気持ちで、
奉仕しながら、幸せで、
豊かに生きられるようにしてくれていました。
亀を助けた優しい気持ちのままで、
暮らせるように竜宮城では、
玉手箱にエゴを入れて、蓋をしてくれていました。
元の場所に戻って、
竜宮城で暮らしていた時のようにはうまくいかなくなり、
約束まで破ってしまい、
玉手箱も開けてしまいます。
さらに、エゴが溢れてきてしまい、
酒に溺れ、刺激を求め、博打にはまり、
他人に、悪態をついて、
楽しい思いをさせてもらった乙姫さまにまで、
悪態をつきます。
乙姫せいで、こんな自分になってしまった。
竜宮城では、田舎者の姿から精悍な姿にしてもらい、
様々な体験をさせてもらい見聞を深め、
博識を高めて、もらい乙姫のそばにいても、
見劣りしないようになった・・・
浦島でしたが、厚顔無恥だったために、
元いた場所に戻って、あっという間に全ては、
真っ白に消え去り、
楽しい記憶も経験も消え去り見た目も、
一気に老けこんでしまいました。
亀を助ける優しい浦島太郎でしたが、
奇跡のような体験をさせてもらい、
おもてなしを段々、
当たり前と勘違いして自分の実績や実力と思い込み、
竜宮城でも、いつまでも乙姫さまの客人だと思い、
恩に報いる努力をせずに、礼だけ言って
元の場所に戻った結果、一瞬で真っ白になりました。

厚顔無恥

厚かましく、恥知らずなさまのことをいい、
他人の迷惑などかまわずに、

自分の都合や思惑だけで行動することをいいます。
浦
島太郎のお話をこのように理解しています。爆笑!

【厚顔無恥】

感謝とは何かを理解しているのか。

太郎さんのようにならないためにも、

お礼の言葉と感謝の行動の違いを理解しなければなりません。

お礼と感謝を勘違いしている人がいるものです。



何かしてもらって、

「ありがとうございます。」

「おかげさまです。」と言う。

これは・・・

お礼を言ってるだけなのです。

お礼にと言って・・・

お世話になった人に品を送ることも。 

これは・・・

お礼であって、感謝とは言えない。

お礼もきちんと言えなければ、

それは、無礼者で、信頼されない。

感謝とは、お礼だけでなく、

ご恩を感じて、ご恩を返すこと。

ご恩に対して、報うことは行動なのです。

お礼を言う、

お礼を返すのは、

エチケットやマナーと言ったところでしょう。

感謝とは・・・

ご恩を感じることではないかと考えます。

お礼は、言えても、

ご恩を感じていないので、

ご恩に報えるために

何をしたらよいのだろうと、

じっくり考えてしまうと、

行動をしないためにエゴが優先されてしまい、

失礼な態度をとってしまう。



お礼を返すのとご恩を返すのはちがうのです。

感謝とは・・・

ご恩に報える自分になるために努力することであり、

感謝とは・・・

ご恩返しすること。

お礼は、簡単に返せますが、

ご恩というものは、

中々、返せないということを理解しないとなりません。

ご恩を返すには、努力は必要なのです。

ご恩は、気づけないし、

中々、返せないものかもしれません。



ですから・・・

人として、ご恩を大切にしなければと常に思う。

厚顔無恥にならないためにも

感謝の気持ちを大切に、改めて、謙虚に生きたいと思います。

だからこそ、

感謝の気持ちと行動を大切にして受けたご恩に報いて、

ご恩を返していけるようにしていきたいと思い行動しています。

浦島太郎についての超訳でした。

次は桃太郎で超訳でもしたいと思います。笑



2020/07/30

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】甘えの波動

                     
                   
               
どこまで甘えさせたらいいでしょうか?

子どもを育てる上で

悩みどころのひとつでしょう。

子育てにおいての目標は

自立と自律だと考えています。

ですから・・・

甘えを突き放すシーンもあるでしょう。

子どもは、

幼なければ幼いほど、

心から信頼できる人にしか、 

甘えやワガママを言わないものです。

心の底から信用したいと思っている人にだけ、

思いっきり甘えたりワガママを言って、

自分への愛情を確かめようとするのです。

「自分のこんな気持ちも、受け止めてもらえる・・・」

「ありのままの自分の想いも、聞いてもらえる・・・」

「自分はこんなに愛される・・・」

ということを確認します。

(クラスでワガママをいう園児がいたら、

担任に安心を寄せているということですから

喜ぶべきですよ。)

つまり、

子どもにとって、

『甘えやワガママを聞いてもらう』

ということは、

『親や大人から、愛情をもらう』

という行為そのものです。

この確信を得ることが、

安心して生きていく

意欲や力の元になります。

人は安心感がなければ成長はできません。

ですから、

思いきり甘えさせて、

安心させる・・・

このことが大切。

このようにして、

しっかりと・・・

ご家庭で甘えやワガママを

受けとめてもらえた子どもたちは、

外でワガママを言う必要がありません。

気持ちが満たされているので、

周りの人に無理な要求をしないものです。

社会人になり、

同僚に無理な要求やワガママを言う人は、

子どもの頃に、

親に聞いてもらえなかった甘えや要求を、

形を変えて、

他の人に満たしてもらおうとしているといわれています。

カップラーメンのような、

3分でできる「子育て」ありません。

必ず段階を経て、

人間は成長するのです。

幼い頃にその段階を得られなかった人には、

大人になってからでも、

必ず、帳尻合わせがやってきます。

私たちは家族とだけでなく、

他者と繋がり、

支え合って生きていく生き物です。

小さい頃の親との関係は、

全ての人間関係のベースとなるようです。

甘えることをたっぷり経験した子どもは、

「自分は、気持ちを受け止めてもらえる人間・・・」

と自分自身に愛情を持ち、

自信を持って

人生を歩めるようになるのではないか

と思っています。

そして・・・

相手にも同じような感情があると認める事ができます。

相手の甘えを受け止める、

心の余裕もできるのです。

人が人として自立と自律をするためには、

幼いときからの「甘え」と「ワガママ」

が鍵ではないかと・・・

2020/07/28

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】プラス・・・




成功していれば、

成功したで、

好むと好まざるに妬みを受ける。

その過程で、成功者したものは、

いいようもない、

わびしさや孤独感と

戦わなければなりません。

人は成功した部分だけを見て

他人を羨んだりしますが、

成功した人の陰には何十倍、

何百倍もの苦しみがあるものです。

社会では、

誰もが苦しい場面に遭遇する時があります。

しかし・・・

それをどう受け止めるかが大事です。

これまでたくさんの幼稚園の先生を見てきましたが、

概ね三つのタイプに分かれると思います。

一つは苦しくなると

「もう無理だ」と思ってしまう

「完全諦め型」。

二つ目は

「しょうがないからやるか」という

「消極的納得型」。

三つ目は

「この苦しみは自分を磨いてくれる。

これを乗り越えれば一つ賢くなれる」と考える

「積極的思考型」。

そして成功する方に共通するものは、

「積極的思考型」の人からしか生まれません。

どのタイプの人になるかは、

考え方一つです。

別にお金がかかるわけじゃなし、

努力がいるわけでもない。

時間もかからないもので、

物事の見方をちょっと変えるだけでいい。

しかし・・・・・

人はなかなかその考え方を変えることができません。笑

みなさんならば、

この考えを変えるためには、

どうアクションしますか?

人生において我慢の時なくして

夢を実現した人は一人もいないと思います。

夢を追うなら、

わが身に降りかかるすべてを

プラス思考で受け止め、

簡単に諦めないことが鍵でしょう。

それが人生を豊かにしていく・・・

基本ではないかと思います。

2020/07/27

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】安心する瞬間



安心する瞬間は・・・

どのような状態なのか?

自分の行き先が決まることで

安心する瞬間は始まるのであろう。

希望がみえる・・・

こんなことにも直結するものかもしれない。

希望を掴んだときには、

周囲もその姿をみて感じホッとする。

ですから・・・

自分自身は知識や技術を学び実践に移す。

行き先が決まれば、

自分の肩書きになるようなもので、

安心も芽生えホッとする。

行き先が決まらないときは、

気持ちも不安定になるもの。

そして、

社会とつながりがなく、

自分を喪失したように感じてしまう。

本当に大切なことは、

自分がどこに行き先を決めるのではないし、

肩書きが自分が何者かを表すことでもない。

本当にホッとする瞬間は、

自分がな何者なのかに気づく時、

何のために生まれてきたかを感じた時、

自分が必要とするものを認識できたとき。

その瞬間であろう。

自分がどこに行きたいのか?

不安定な時こそ、

自分とは何かを知るチャンスなのです。

不安定な時にみえるものは、

安心安定への

道筋がみえる時間なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今年最初の初セミ。

園庭でセミの鳴き声が聞こえて行きました。

園児の上を見上げて

セミを探す姿が愛らしい。

セミの声・・・

日本人には夏の風物詩でもあり、

感性をくすぐるものですが、

フランスなどでは、

雑音と捉えられるようです。

セミは害虫駆除の対象となるようです。

なんて!!

日本人の聴覚は素敵にできているのでしょう。

さて・・・

令和3年度の入園受付についてのお問い合わせを

多く頂戴しています。

入園説明会などのお知らせも

そろそろ・・・

近日中にお伝えできそうです。

(これも安心の瞬間・・・笑)

ソォーシャルディスタンスにも配慮し、

今年度は複数日に分けて実施する方向で考えています。

(これも安心の瞬間・・・笑)

だだし問題があります。

私のテンションが続くのか?

ということです・・・爆笑

(これは不安な瞬間・・・苦笑)


2020/07/21

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】気づきの必要性



やりたいようにやらせなさい・・・

遊びにおいて先生方にお願いしていることです。

まぁ、限度もありますが、

遊びの豪快さは担任の器の広さかもしれません。

遊びの豪快さの中には様々な気づきが得られるものなのです。

さて・・・

気づきの必要性は必要だと思います。

自分の人生を切り開いて行くことにおいて、

とても大切なアンテナとなります。

気づきがあるからこそ、

自分が変わったと思うことを知ることができるのです。

しかし・・・

自分では、

良い変化も悪い変化も見えないものなのです。

ですから・・・・・

周囲の人や気になる人の変化を見ることが大切なのです。

しかも・・・

よい部分を・・・

他愛ない毎日の変化こそ、

自分に気づくということなのですが、

周囲が変わってしまったと思うときは、

周囲が変わったのではなく、

自分が変わってしまっているか、

時間に取り残されていることが多いもの。

このような毎日の繰り返しこそ、

人生で自分にふさわしいモノやコト、

ご縁を引き寄せるということに繋がると思うのです。


2020/07/20

パール幼稚園【ファンが生まれる幼稚園】基礎の重要性



将棋の藤井棋聖、

多くの天才棋士たちから

「すごい人がでてきた」

と言われるコメントを見ると、

本当の天才なのだろうと

思わずにいられません。

師匠との関係性。
 
それにしても藤井棋聖は強い。

藤井棋聖の強さの源泉はどこにあるのでしょうか。

もともと持っていた将棋の才能もあるのでしょう。

しかし、人よりも何十倍も努力して

強くなったことがわかる記事があります。
 
それは、

幼い頃から通っていた

将棋塾の塾長さんのインタビュー内容ですが、
 
そこには次のように記されています。
 
・将棋の定跡
(最善とされる決まった手順での指し方)を覚える
・詰将棋を解く
・子ども同士で対局
 
このような将棋の練習を

ひたすら繰り返してきたようです。
 
そして、

子どもだと単調で嫌がる詰め将棋を、

誰よりも速く、

誰よりも数多く解いてきた・・・

と塾長さんの話にありました。
 
やはり・・・・・

徹底的に基礎を叩き込む教育を受けてきているのです。

それをひたすらやり続けてきた。
 
基礎は通常は「たたきこむ」ところまではいけません。

なぜならば、

ほとんどの人にとってみると、

それは同じことの繰り返しであり、

単調で、

飽きてしまいます。

飽きるので続けられない。

だからほとんどの人は

基礎をたたきこむところまではいかずに

終わるもの。
 
基礎が十分でないと、

応用がききません。

応用がきかないから、

圧倒的にいい成果はだせなくなる。

ここが・・・

超一流と一般の差になります。
 
この基礎を誰よりも徹底的にやった。

そこにもともともっていた才能。

そして、

誰よりも将棋が好きという気持ち。

こうしたことが重なり合って

将棋にのめりこんで

強くなっていたのでしょう。

本当に素晴らしいことです。
 
とにかく好きなことを好きなだけやらせた

ご両親もすごいと思いますし、

それを見守り続けたり、

サポートし続けたことも素晴らしい。
 
さまざまな応援があってのことですが、

やはり、

基礎を叩き込むことができたことが凄い。

仕事もそうですが、

若いうちにどれだけ基礎を叩き込めるかが大切です。

その期間を逃すと、

なかなか基礎を覚えることが難しくなるのです。
 
パール幼稚園でいってみれば、

1〜2年目は・・・

基礎をたたきこむチャンスなのです。
 
本当の基礎を知るためには、

ある程度の時間をかけて、

じっくり取り組まないといけません。
 
 パール幼稚園で活躍する先生方を考察すると、

基礎を学ぶことをいとわず、

徹底的に基礎をたたきこむことに

尽きることがわかります。

あの先生も、

この先生も、

基本に忠実だからこそ、

凄いのです。

経験を積んだとしても、

役職者になったとしても、

この基礎に沿っていけない先生は、

どこかで足を踏み外してしまいます。

基礎は感情や気分で見失うこともありますが、

基礎が大事だということを

忘れてはなりません。

でもね・・・

踏み外している時ほど、

基礎が何なのか見えないものなのですよね。